東京大学 文科一類 合格 酒田了輔さん(栃木高校)
東京大学 文科一類 合格 酒田了輔さん(栃木高校)
私は小5の冬に赤門セミナーに入塾しました。まだ幼かった当時から今日までの赤門での約7 年間を振り返ってみようと思います。
初めは服部先生の数学を受講していました。1学年上のクラスでの授業は進度もとても早く辛かったことを記憶していますが、数学を武器として闘った受験期の礎は間違いなくここにあると思います。
中2になると数学は隆之先生のクラスに変わりました。先生は授業でどんなに難しい内容でも 一人ひとりに寄り添い、"分からない"を徹底的に無くしてくださいました。高校範囲の初学から試験直前まで面倒を見てくださいました。最終的に私大、東大含め本番では数学が救ってくれました。
中3の後半からは未環子先生の英語を始めました。得意だと思っていた自分の英語はここで打ちのめされましたが、時に厳しく、時に優しく指導してくださり、東大になんとか立ち向かえる程度の英語力を身につけることができました。また未環子先生はいつもはっきりとダメなところを指摘してくださる先生でした。かなり凹むこともありましたが先生の言葉全てが自分を成長させてくれました。
国語があまりにもできなかった自分は、高一の後半から中村先生の国語を始めました。毎週の授業の中で少しずつ文章の読み方と答案作成のやり方を身につけ、飛躍を埋めることができるようになっていきました。駿台全国模試で偏差値が50程度から77まで伸びた時は驚きました。
高3からは岡村先生の世界史を始めました。元々興味のある科目だったこともあり、とても楽しく勉強していました。世界史は暗記要素が多く面倒だと思われがちですが、背景から詳細な知識まで丁寧に優しく教えてくださる先生のおかげで、この1年間で世界史が1番好きな科目になりました。
こう振り返るとこの7年間はとても楽しく充実したものでした。高校に入学してからは赤門に来るのも大変になりましたが、結局熱が38度出ても登校するくらいには(コロナ真っ只中でした。もう時効。)赤門が自分の居場所になっていました。赤門なくして東大合格はありませんでした。本当にありがとうございました。次のフェーズに向けてさらに努力を重ねようと思います。
私は小5の冬に赤門セミナーに入塾しました。まだ幼かった当時から今日までの赤門での約7 年間を振り返ってみようと思います。
初めは服部先生の数学を受講していました。1学年上のクラスでの授業は進度もとても早く辛かったことを記憶していますが、数学を武器として闘った受験期の礎は間違いなくここにあると思います。
中2になると数学は隆之先生のクラスに変わりました。先生は授業でどんなに難しい内容でも 一人ひとりに寄り添い、"分からない"を徹底的に無くしてくださいました。高校範囲の初学から試験直前まで面倒を見てくださいました。最終的に私大、東大含め本番では数学が救ってくれました。
中3の後半からは未環子先生の英語を始めました。得意だと思っていた自分の英語はここで打ちのめされましたが、時に厳しく、時に優しく指導してくださり、東大になんとか立ち向かえる程度の英語力を身につけることができました。また未環子先生はいつもはっきりとダメなところを指摘してくださる先生でした。かなり凹むこともありましたが先生の言葉全てが自分を成長させてくれました。
国語があまりにもできなかった自分は、高一の後半から中村先生の国語を始めました。毎週の授業の中で少しずつ文章の読み方と答案作成のやり方を身につけ、飛躍を埋めることができるようになっていきました。駿台全国模試で偏差値が50程度から77まで伸びた時は驚きました。
高3からは岡村先生の世界史を始めました。元々興味のある科目だったこともあり、とても楽しく勉強していました。世界史は暗記要素が多く面倒だと思われがちですが、背景から詳細な知識まで丁寧に優しく教えてくださる先生のおかげで、この1年間で世界史が1番好きな科目になりました。
こう振り返るとこの7年間はとても楽しく充実したものでした。高校に入学してからは赤門に来るのも大変になりましたが、結局熱が38度出ても登校するくらいには(コロナ真っ只中でした。もう時効。)赤門が自分の居場所になっていました。赤門なくして東大合格はありませんでした。本当にありがとうございました。次のフェーズに向けてさらに努力を重ねようと思います。
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